ブログ
『ありがとう、また来てね』
2018.07.27
こんにちは、菊川サテライト看護師の高井です
毎日暑い日が続きますね。脱水や熱中症が毎日ニュースになっています。
今回のブログで皆様にお伝えしたいのは、ご自宅での脱水・熱中症の危険と始めて対峙したときに、
私が深く訪問看護の難しさについて考えるきっかけになったエピソードです。
病棟勤務から訪問看護の世界に飛び込んで1ヶ月経った頃、
私はお部屋の中が暑く、窓を開けることしかできない利用者様宅に訪問するたびに、
このお部屋の状況ではいい療養生活なんてできない、と思いました。
その利用者様は私が訪問するたびに、ありがとうありがとう、と喜んでくれます。
退室するときには、楽しかったわまた来てね、と。
全てにおいて手助けが必要な利用者様で、暑さで全身が汗でしっとりとしています。
清潔ケアをとても喜んでくださる姿に切なさを感じました。
夏になった頃、私はエアコンもないそのご利用様宅を訪問するたび気の毒に思えてなりませんでした。
これでは良くなるものも良くならない、私がいくら今飲水を促し保清をしたって
このまま退室したら熱中症や脱水になってしまうだろう、ここが病院だったらいいのに・・・
決して放っておいている訳ではないのですが、根本的なことにアプローチできない無力感が募ります。
ありがとうまた来てね、と言ってくださる退室時は後ろ髪を引かれ、罪悪感も感じました。
『できることを全てやったら、悪くならないように祈るしかない、、、』そう思いました。
わずかな介入時間を最大限有効にするしかない、そのときできることを精一杯やるしかない、
と自分に言い聞かせました。
『ありがとう、また来てね。』
無力感が強かったその時の私にとっては、本当に重苦しい言葉でした。
週に2回50分ずつの介入でしたが、毎回そのように声を掛けてくださいます。
この人らしい生活をサポートしていくには私の訪問だけでは到底太刀打ちできません。
私は1日単位から1週間の過ごし方、そしてこれからの過ごし方について考えるようになりました。
生活環境や制度といったハード面はすぐ変えられないけれど、
介入するスタッフや介入の仕方といったソフト面ではきっとたくさんの改善策があるに違いない、と感じました。
自分自身の異動もあり、その利用者様とはケア以外では情報共有レベルでしか関われず、
今思い返してみてもキメの一手のような策は思いつきません。
そして、私はこれからもきっと同じようなケースに合うことでしょう。
その利用者様が毎回言い続けてくれた、ありがとうまた来てね、は、
小さな変化に気づくことができるように、またその気づきからよりよい何かを見つけられるように
『利用者様とその生活に寄り添い続けること』
訪問看護の醍醐味のひとつを実感する大きなきっかけになりました。
毎日暑い日が続きますね。脱水や熱中症が毎日ニュースになっています。
今回のブログで皆様にお伝えしたいのは、ご自宅での脱水・熱中症の危険と始めて対峙したときに、
私が深く訪問看護の難しさについて考えるきっかけになったエピソードです。
病棟勤務から訪問看護の世界に飛び込んで1ヶ月経った頃、
私はお部屋の中が暑く、窓を開けることしかできない利用者様宅に訪問するたびに、
このお部屋の状況ではいい療養生活なんてできない、と思いました。
その利用者様は私が訪問するたびに、ありがとうありがとう、と喜んでくれます。
退室するときには、楽しかったわまた来てね、と。
全てにおいて手助けが必要な利用者様で、暑さで全身が汗でしっとりとしています。
清潔ケアをとても喜んでくださる姿に切なさを感じました。
夏になった頃、私はエアコンもないそのご利用様宅を訪問するたび気の毒に思えてなりませんでした。
これでは良くなるものも良くならない、私がいくら今飲水を促し保清をしたって
このまま退室したら熱中症や脱水になってしまうだろう、ここが病院だったらいいのに・・・
決して放っておいている訳ではないのですが、根本的なことにアプローチできない無力感が募ります。
ありがとうまた来てね、と言ってくださる退室時は後ろ髪を引かれ、罪悪感も感じました。
『できることを全てやったら、悪くならないように祈るしかない、、、』そう思いました。
わずかな介入時間を最大限有効にするしかない、そのときできることを精一杯やるしかない、
と自分に言い聞かせました。
『ありがとう、また来てね。』
無力感が強かったその時の私にとっては、本当に重苦しい言葉でした。
週に2回50分ずつの介入でしたが、毎回そのように声を掛けてくださいます。
この人らしい生活をサポートしていくには私の訪問だけでは到底太刀打ちできません。
私は1日単位から1週間の過ごし方、そしてこれからの過ごし方について考えるようになりました。
生活環境や制度といったハード面はすぐ変えられないけれど、
介入するスタッフや介入の仕方といったソフト面ではきっとたくさんの改善策があるに違いない、と感じました。
自分自身の異動もあり、その利用者様とはケア以外では情報共有レベルでしか関われず、
今思い返してみてもキメの一手のような策は思いつきません。
そして、私はこれからもきっと同じようなケースに合うことでしょう。
その利用者様が毎回言い続けてくれた、ありがとうまた来てね、は、
小さな変化に気づくことができるように、またその気づきからよりよい何かを見つけられるように
『利用者様とその生活に寄り添い続けること』
訪問看護の醍醐味のひとつを実感する大きなきっかけになりました。